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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)65号 判決

東京都目黒区目黒1丁目4番1号

原告

パイオニア株式会社

代表者代表取締役

松本誠也

訴訟代理人弁理士

小橋信淳

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

大河原裕

吉村宅衛

板垣孝夫

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第8448号事件について平成8年1月17日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年3月4日に名称を「ディスク」(後に「光ディスク」と補正)とする考案についてした実用新案登録出願(昭和56年実用新案登録願第30815号)を、平成2年9月17日に特許出願(平成2年特許願第246545号。この特許出願に係る発明を、以下、「本願発明」という。)に変更したが、平成5年4月6日に拒絶査定がなされたので、同年5月6日に査定不服の審判を請求し、平成5年審判第8448号事件として審理された結果、平成6年12月14日に特許出願公告(平成6年特許出願公告第103587号)がなされたが、特許異議の申立てがあり、平成8年1月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年3月6日原告に送達された。

2  本願発明の要旨(別紙図面A参照)

情報が記録された記録面を有する透明な合成樹脂基板と、該記録面上を覆うよう形成された反射層と、該反射層上を覆うよう形成された保護層とを備え、光学的に読取り可能な光ディスクにおいて、前記反射層上に形成された前記保護層の形成後その表面に、直接的に前記記録面の情報と関連する事項の表示を印刷により施してなることを特徴とする光ディスク

3  審決の理由の要点

(1)本願発明の要旨は、特許請求の範囲に記載された前項のとおりと認められる。

(2)これに対し、米国特許第4,124,943号明細書(以下、「引用例1」という。別紙図面B参照)には、音響・映像情報を記録した光ディスクの記録側の表面に、光ディスクに記録された情報の副表題やフレーム番号等の参照事項が直接印刷されていること、また、この光ディスクは「Philips and MCA Videodisc System」により再生されることが記載されている。

また、「電波科学」1977年12月号(日本放送出版協会昭和52年12月1日発行)の折込み頁(以下、「引用例2」という。別紙図面C参照)には、MCA/Philips方式の光学式のビデオディスクシステムと、その再生装置に用いられるビデオディスクの構造が記載され、特に第2図には、情報信号に対応するピットが表面に形成された透明なプラスチック板と、このプラスチック板に形成されたピットを覆って形成されたアルミニウム層と、このアルミニウム層を覆って形成されたプラスチックからなる保護層から構成された光ディスクが記載されている。

(3)本願発明と引用例1記載の発明とを対比すると、両者は、光学的に読取り可能な光ディスクにおいて、光ディスクの表面に、直接的に記録面の情報と関連する事項の表示を印刷により施した点で共通し、以下の点において相違する。

本願発明が、光ディスクの構造を「情報が記録された記録面を有する透明な合成樹脂基板と、該記録面上を覆うよう形成された反射層と、該反射層上を覆うよう形成された保護層とを備え」た光ディスクとして具体的に限定し、かつ、反射層上に形成された保護層の形成後その表面に表示を印刷により施すのに対し、引用例1には、光ディスクの具体的構造が示されておらず、したがって、反射層上に形成された保護層の形成後その表面に表示を印刷により施す点が明記されていない点

(4)検討

光ディスクを、情報が記録された記録面を有する透明な合成樹脂基板と、該記録面上を覆うよう形成された反射層と、該反射層上を覆うよう形成された保護層とを備えた構造とすることは引用例2に記載されており、引用例2記載の光ディスクが、MCA/Philips方式のビデオディスクシステムに用いられるものであるから、それと同じPhilips and MCA Videodisc Systemで用いられる引用例1記載の光ディスクの構造を、引用例2記載の光ディスクと同じ構造とすることに何ら困難性はない。

そして、光ディスクからの反射光を受光して情報を再生する構造の光ディスクにおいて、光ディスクの表面に印刷を施す場合、情報の読取りに支障のない面、すなわち保護層の表面に印刷を施すことは、技術常識をもってすれば、極めて当然の発想といわざるを得ない。

また、本願発明において、「反射層上に形成された保護層の形成後その表面に、……表示を印刷により施す」点は、保護層の表面に印刷する以上、保護層の形成後に印刷することは当然のことにすぎず、当業者が適宜なし得た事項にすぎない。

なお、原告は、引用例1記載の発明においては、光ディスクの表面に描かれる副表題やフレーム番号は各々の副表題やフレームが記録されている位置に対応する位置に描かれ、この副表題等の重要な目的は使用者を光ディスクの選択された記録領域に導くためのインデックスを提供することであるから、ここに説明された副表題やフレーム番号等の参照事項は、レーザー光を所望の位置に導くときの目安となり得るように、光ディスクの情報読取側の表面に描かていると解すべきである旨主張する。

しかしながら、光ディスクに印刷された上記副表題やフレーム番号等の参照事項は、あくまで目安にすぎず(この点は、引用例1に、上記参照事項を光ディスクではなく光ディスクを収納するスリーブにのみ印刷してもよいことが記載されていることを考慮すれば明らかである。)、上記参照事項が光ディスクの情報読取面と反対側の面に印刷されていても、インデックスとして十分その機能を果たし得るものと解されるから、上記参照事項が光ディスクの情報読取面の表面に描かれているとする必然性はない。むしろ、光ディスクの情報読取側の表面に印刷を施すと、情報を読み取るためのレーザー光を吸収・反射して読取りに支障を来たす恐れのあることが明らかであるから、引用例1記載の発明において、参照事項が印刷されているのは、情報読取側とは反対側の表面と解するのが合理的である。したがって、原告の上記主張は採用できない。

そして、本願発明が奏する作用効果は、各引用例記載の技術から予測し得た程度のものである。

以上のとおりであるから、上記相違点は、引用例2に基づいて当業者が容易に想到し得た事項である。

(5)したがって、本願発明は、引用例1及び引用例2記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

各引用例に審決認定の技術的事項が記載されていること、本願発明と引用例1記載の発明とが審決認定の一致点及び相違点を有することは認める。しかしながら、審決は、相違点の判断を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)相違点の判断に当たって審決が援用した引用例2には、「現在の片面で30分のディスクの他に、両面で60分のディスクも用意しており」(5欄10行、11行)と記載されているが、この「両面で60分のディスク」(以下、「両面タイプのディスク」という。)は、「片面で30分のディスク」(以下、「片面タイプのディスク」という。)2枚を、情報読取面である各合成樹脂基板を外側にし、各保護層を内側にして貼り合わせた構造のものである(このことは、「放送技術」33巻5号(兼六館出版株式会社昭和55年5月1日発行。以下、「甲第5号証刊行物」という。)76頁図7「リプリケーション工程」の「7 接着」の記載からも明らかである。)。

ところで、相違点に係る審決の判断は、「引用例2記載の光ディスクが、MCA/Philips方式のビデオディスクシステムに用いられるものであるから、それと同じPhilips and MCA Videodisc Systemで用いられる引用例1記載の光ディスクの構造を、引用例2記載の光ディスクと同じ構造とすることに何ら困難性はない」ことを論拠とするものであるから、審決は、引用例1記載の光ディスクには片面タイプのディスクと両面タイプのディスクとがあると認定していることになる。

しかるに、両面タイプのディスクは、前記のとおり各保護層がディスクの表面及び裏面に位置しないから、各保護層の表面に印刷を施すことは不可能であるし、各保護層の表面に印刷を施した2枚の片面タイプのディスクを貼り合わせると、各印刷面が見えなくなってしまう。したがって、「光ディスクの表面に印刷を施す場合、情報の読取りに支障のない面、すなわち保護層の表面に印刷を施すことは、技術常識をもってすれば、極めて当然の発想といわざるを得ない」という審決の判断は、審決が引用例1に記載されていると認定した2タイプのディスクのうち片面タイプのディスクには妥当するが、両面タイプのディスクには妥当しない。そうすると、審決には、相違点に係る判断において、両面タイプのディスクに関する判断を遺脱した違法、あるいは、片面タイプのディスクについてのみ判断したことの合理的根拠を説示しない理由不備の違法がある。

この点について、被告は、本願発明が片面タイプのディスクのみを対象とし、両面タイプのディスクを対象とするものでないことは明らかであるから、審決が相違点の判断において両面タイプのディスクに言及しなかったことに誤りはないと主張する。本願発明が片面タイプのディスクのみを対象とすることは否定しないが、このことは、審決が引用例1に記載されていると認定した2タイプのディスクに共通する判断として説示した「光ディスクの表面に印刷を施す場合、情報の読取りに支障のない面、すなわち保護層の表面に印刷を施すことは、技術常識をもってすれば、極めて当然の発想といわざるを得ない」という判断が誤りであることを左右しない。

また、被告は、引用例1には記録情報の関連事項をディスクを収納するスリープに印刷するか、ディスクの表面に直接印刷するかのいずれかを選択し得ることが記載されているから、両面タイプのディスクについて関連事項をディスクの表面に印刷することが不可ならば、ディスクを収納するスリーブに印刷すれば良いと主張する。しかしながら、引用例1には、「ディスクの表面に直接印刷する」方法が「ディスクを収納するスリーブに印刷する」方法と「Alternatively」、すなわち択一的に(あるいは選択的に)採用し得ることが記載されているのであり、したがって両面タイプのディスクについても双方の方法が可能でなければならないから、被告の上記主張は当たらない。

(2)審決は、「参照事項が光ディスクの情報読取面と反対側の面に印刷されていても、インデックスとして十分その機能を果たし得るものと解されるから、上記参照事項が光ディスクの情報読取面の表面に描かれているとする必然性はない。むしろ、光ディスクの情報読取側の表面に印刷を施すと、情報を読み取るためのレーザー光を吸収・反射して読取りに支障を来たす恐れのあることが明らかであるから、引用例1記載の発明において、参照事項が印刷されているのは、情報読取側とは反対側の表面と解するのが合理的である」と説示している。

しかしながら、引用例1の記載、特に「ユーザは、レコーディングディスク70用の再生装置を容易に位置決めして、特定のサブ表題のところで再生を開始できる。」(4欄37行ないし39行)、「イラストは、各サブ表題またはフレームの記録位置に対応する位置に配置される。」(4欄50行ないし52行)という記載によれば、サブ表題等の印刷を施す目的が、ユーザを光ディスクの所望の記録領域に導くためのインデックスを提供することにあることは明らかであって、ユーザはこのインデックスによりディスク用の再生装置を容易に位置決めして特定のサブ標題のところで再生を開始できるのであり、両面タイプのディスクの場合には情報読取面の側にしか印刷できないことを考慮すると、印刷表示を情報読取面に施す必然性がある。したがって、「参照事項が光ディスクの情報読取面の表面に描かれているとする必然性はない」という審決の判断は誤りである。

加えて、甲第5号証刊行物に「図8にディスク表面上の、指紋や粒子が読取りレーザー光線の変調度に与える影響を示す.この図から、ディスクベースの厚さが1.2mmあれば、これらによる再生信号の劣化がほとんどないことが分る.このように、MCA/Philips方式のディスクは、(中略)指紋やごみの影響を受けにくく、特別な収納ケース等を必要とせず、取扱いや保存が非常に容易である長所を持っている.」(77頁左欄30行ないし右欄表1の下7行)という記載を参照すれば、「光ディスクの情報読取側の表面に印刷を施すと、情報を読み取るためのレーザー光を吸収・反射して読み取りに支障を来たす恐れのあることが明らかである」という審決の説示も当たらない。

この点について、被告は、甲第5号証刊行物記載の「指紋や粒子」と目視可能な印刷情報とを同一に論ずることは到底できず、高密度記録媒体である光ディスクの情報読取側の表面に印刷を施すことは本出願当時の技術水準からすれば全く想定外のことであると主張する。しかしながら、本出願の9日後に出願された昭和56年特許願第36252号の明細書(昭和57年特許出願公開第150152号公報。以下、「甲第6号証刊行物」という。)には、両面タイプのディスクの表面及び裏面にソルベントイエロー等の染料を用いて着色を施してもレーザー光による情報読取りに支障がないことが記載されている。甲第6号証刊行物は本出願当時の技術水準を示すものといえるから、本出願当時、光ディスクの情報読取側の表面に印刷を施す技術的可能性が容易に予測できたことは明らかであって、被告の上記主張は誤りである。

なお、被告は、引用例1の「記録側の表面(recorded surface)に直接、印刷することもできる。」(4欄44行、45行)という記載は、記録ピットが形成され、その上に反射層等が形成された側(すなわち、情報読取面の反対側)の表面に印刷を施すべきこと、したがって記録情報の関連事項の印刷は片面タイプのディスクにのみ施されるべきことを強く示唆すると主張する。しかしながら、両面タイプのディスクの記録はディスクの表面及び裏面の双方に存するのであるから、その「記録側の表面」とは、各情報読取面であるディスクの表面及び裏面を指すと解すべきであって、被告の上記主張は当たらない。

(3)本願発明は、情報読取面の反対側に形成された保護層の表面に、記録情報の関連事項を直接的に印刷することを特徴とするものであるから、対象とする光ディスクが片面タイプのディスクに制限されるものの、情報読取りに関係のない空白面を利用して十分大きな表示部を確保でき、かつ、鮮明で正確な表示が可能であるという顕著な作用効果を奏することができる。

これに対し、引用例1及び引用例2からは、情報読取側の表面の、記録情報に対応する位置に関連事項の印刷を施したものしか予測し得ないから、「本願発明が奏する効果は、各引用例記載の技術から予測できた程度のものである」という審決の判断も、誤りである。

(4)以上のとおりであるから、「相違点は、引用例2に基づいて当業者が容易に想到し得た事項である」とした審決の相違点の判断が誤りであることは明らかである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  原告は、「光ディスクの表面に印刷を施す場合、情報の読取りに支障のない面、すなわち保護層の表面に印刷を施すことは、技術常識をもってすれば、極めて当然の発想といわざるを得ない」という審決の判断は、審決が引用例1に記載されていると認定した2タイプのディスクのうち片面タイプディスクには妥当するが、両面タイプのディスクには妥当しないものであると主張する。

しかしながら、本願発明が、片面タイプのディスクのみを対象とし、両面タイプのディスクを対象とするものでないことは、本願明細書、特にその実施例の記載から明らかであるから、審決が相違点の判断において両面タイプのディスクに言及しなかったことに誤りはない。そして、引用例1には、その発明に係るオーディオビジュアル情報システムが片面タイプのディスクと両面タイプのディスクの双方に適用されることは記載されていないのであって、審決は、相違点の判断の論拠として、引用例2の第2図(別紙図面C)に示されている片面タイプのディスクの構造を援用したのであるから、その判断が両面タイプのディスクに妥当しないのは当然のことである。

のみならず、引用例1には、審決に説示したとおり、記録情報の関連事項を、ディスクを収納するスリーブに印刷する方法と、ディスクの表面に直接印刷する方法のいずれかを選択し得ることが記載されているから、両面タイプのディスクについて、記録情報の関連事項をディスクの表面に印刷することが不可ならば、ディスクを収納するスリーブに印刷すれば良いのである。この点について、原告は、引用例1には「ディスクの表面に直接印刷する」方法が「ディスクを収納するスリーブに印刷する」方法と「Alternatively」、すなわち択一的に(あるいは選択的に)採用し得ることが記載されているのであり、したがって両面タイプのディスクについても双方の方法が可能でなければならないと主張する。しかしながら、引用例1にその発明が片面タイプのディスク及び両面タイプのディスクの双方に適用されることが記載されていないことは前記のとおりであるし、別紙図面BのFIG.6の実施例はFIG.5の実施例の代案として記載されているにすぎないから、原告の上記主張は当たらない。

2  また、原告は、ディスク表面の指紋や粒子による再生信号の劣化がほとんどない旨の甲第5号証刊行物の記載を参照すれば、「光ディスクの情報読取側の表面に印刷を施すと、情報を読み取るためのレーザー光を吸収・反射して読取りに支障を来たす恐れのあることが明らかである」という審決の説示も当たらないと主張する。

しかしながら、甲第5号証刊行物記載の「粒子」は直径20μm及び75μmにすぎず、「指紋」も透明に近い半透明であるのが通常であるから、これらと、目視可能な印刷情報とを同一に論ずることは到底できず、高密度記録媒体である光ディスクの情報読取側の表面に印刷を施すことは、本出願当時の技術水準からすれば全く想定外のことである。この点について、原告は、甲第6号証刊行物を援用して、本出願当時、光ディスクの情報読取側の表面に印刷を施す技術的可能性は容易に予測できたと主張するが、同刊行物は本出願時に公知のものでなかったばかりでなく、同刊行物記載の技術は、情報読取側の保護層を形成する樹脂に染料あるいは顔料を混入分散して保護層全体を均一に「着色」するものであって、保護層の表面に「印刷」を施すことは示唆すらされていないから、原告の上記主張は失当である。

なお付言すれば、引用例1の4欄44行、45行の「記録側の表面(recorded surface)に直接、印刷することもできる。」という記載は、記録ピットが形成され、その上に反射層等が形成された側(すなわち、情報読取面の反対側)の表面に印刷を施すべきこと、したがって記録情報の関連事項の印刷は片面タイプのディスクにのみ施されるべきことを強く示唆しているというべきである。この点について、原告は、両面タイプのディスクの記録はディスクの表面及び裏面の双方に存するのであるから、その「記録側の表面」とは、各情報読取面であるディスクの表面及び裏面を指すと解すべきであると主張するが、ディスクの表面及び裏面を指すのであれば、単に「surface」と記載するのが自然である。

3  さらに、原告は、引用例1及び引用例2の各記載からは情報読取側の表面の、記録情報に対応する位置に関連事項の印刷を施したものしか予測し得ないから、「本願発明が奏する効果は、各引用例記載の技術から予測できた程度のものである」という審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら、引用例1及び引用例2記載の各技術的事項を組み合わせれば、光ディスクの保護層の表面に記録情報の関連事項の印刷を施したものに容易に想到し得るから、原告が本願発明の奏する作用効果として主張する点は、当業者が当然に予測し得た範囲のものである。

4  以上のとおり、相違点に係る本願発明の構成は当業者ならば容易に想到し得たものであるから、審決の相違点の判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)、3(審決の理由の要点)、及び、各引用例に審決認定の技術的事項が記載されており、本願発明と引用例1記載の発明が審決認定の一致点及び相違点を有することは、いずれも当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証の2(特許出願公告公報)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が次のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、例えばPCMオーディオディスク等に適合する情報記録担体としての光ディスク、さらに詳しくは、ディスク盤面に対する記録情報と関連する事項の表示を改良した光ディスクに関するものである(1欄11行ないし14行)。

ディスクの収録内容を紙製のラベルに印刷して、アナログレコードの場合と同様に光ディスクの中央に貼り付けると、ラベルの吸湿、乾燥によってディスクが変形する原因となる。また、径の小さいディスクの中心部に貼り付けるラベルはかなり小さくなければならず、収録内容の表示の目視が困難となる(2欄8行ないし13行)。

この点に関する先行技術である昭和57年実用新案出願公開第49733号公報記載の考案は、表面に記録内容が印刷された薄いフィルムを記録面を覆う反射層の上に貼り付けるものであるが、フィルムの貼り間違え、位置ずれ、しわ発生、接着剤層の介在から派生する湿気等によるフィルムの収縮剥離等のほか、接着剤層の厚さが不均一であるとディスク全体の重量バランスが不均一になって面振れを起こし、正しい再生が損われるという重大な問題がある(2欄15行ないし3欄6行、3欄21行ないし36行)。

なお、アナログレコードのプラスチックシート盤面に印刷を施す先行技術は幾つか知られているが、これを光ディスクに適用すると、片面にアナログレコード用音溝を成形したプラスチックシートの他面に被着した層を紙化処理した後に印刷を施す方法は、工程が煩雑であるのみならず、基板と紙化処理された層の性質の相違による印刷層の剥離変化等のほか、紙化処理された層の厚さが不均一になるおそれがあるので、前記と同様に正しい再生が損われるという重大な問題があり(3欄8行ないし17行、3欄37行ないし4欄8行)、音溝を形成した面の中央非音溝部に印刷を施す方法は、表示部が小さいので大量の情報を表示することができないうえ、印刷時に音溝形成部を損傷する等の問題がある(3欄18行ないし20行、4欄9行ないし19行)。

本願発明の目的は、従来技術の問題点を解消し、十分大きな表示部に正確な表示を施した光ディスクを提供することである(4欄21行ないし23行)。

(2)構成

上記の目的を達成するため、本願発明は、その要旨とする構成を採用したものである(1欄2行ないし8行)。

(3)作用効果

本願発明によれば、光ディスクの変形を防止できるとともに、保護層の空白面を利用して十分大きな表示部を確保できるため、鮮明で正確な表示が可能となる(6欄3行ないし9行)。

2  原告は、「光ディスクの表面に印刷を施す場合、情報の読取りに支障のない面、すなわち保護層の表面に印刷を施すことは、技術常識をもってすれば、極めて当然の発想といわざるを得ない」とした審決の相違点の判断は、審決が引用例1に記載されていると認定した2タイプのディスクのうち片面タイプのディスクには妥当するが、両面タイプのディスクには妥当しないものであると主張する。

しかしながら、本願発明の要旨とする「反射層上に形成された前記保護層の形成後その表面に、直接的に前記記録面の情報と関連する事項の表示を印刷により施」すという構成が片面タイプのディスクにのみ適用が可能であることは技術的に自明であって、本願発明が片面タイプのディスクのみを対象とすることは原告も認めるところである。したがって、本願発明の進歩性の有無は、片面タイプのディスクについて本願発明の構成に予測性があったか否かによって判断されることは当然である。しかるに、「情報が記録された記録面を有する透明な合成樹脂基板と、該記録面上を覆うよう形成された反射層と、該反射層上を覆うよう形成された保護層とを備え、光学的に読取り可能な光ディスク」、すなわち片面タイプのディスクの構造が引用例2に記載されており、一方、記録情報の関連事項を光ディスクの表面に印刷することが引用例1に記載されている以上(各引用例にこれらの技術的事項が記載されていることは、前記のとおり原告も認めるところである。)、当業者において、上記技術的事項を組み合わせて、片面タイプのディスクの表面に記録情報の関連事項の印刷を施すことは直ちに想到し得たことであり、その際、関連事項の印刷を片面タイプのディスクのいずれの側の表面に施すべきかは、当業者が適宜に決定すれば足りる事項にすぎないというべきである。そして、その決定した技術手段が両面タイプのディスクにも適用し得るものでなければならない理由は全く存しないから、原告の前記主張は失当という他はない。

ところで、片面タイプのディスクについて情報読取側の表面でなければ関連事項の印刷を施し得ない技術的理由は考えられず、かつ、関連事項の印刷を情報読取側の表面に施すことによって得られる格別の利点も考えられない半面、情報読取りにいささかの支障も来たさないことを配慮すれば、関連事項の印刷を情報読取面の反対側、すなわち保護層の表面に施すことは、審決が説示するように、当業者にとって極めて当然の発想であったことが明らかである。

3  この点について、原告は、引用例1記載の発明においてサブ表題等の印刷を施す目的はユーザを光ディスクの所望の記録領域に導くためのインデックスを提供することにあるから、記録情報の関連事項は情報読取側の表面に印刷されねばならないという趣旨の主張をしている。

しかしながら、サブ情報等は再生時の目安となり得るように設けるとしても、引用例1に記録情報の参照事項をディスクを収納するスリーブに印刷することも記載されていることは原告も認めるところであるから、引用例1記載の印刷された参照事項が有するインデックス機能は極めて大まかなものと解さざるを得ず、その程度のインデックス機能ならば、情報読取面とは反対側の表面に施された印刷情報によっても果たすことが可能であると考えられる。そうすると、引用例1の「ユーザは、レコーディングディスク70用の再生装置を容易に位置決めして、特定のサブ表題のところで再生を開始できる。」(4欄37行ないし39行)という記載を、記録情報の関連事項は情報読取側の表面に印刷されねばならないことの論拠とすることは相当といえない。

また、原告は、甲第5号証刊行物には光ディスク表面の指紋や粒子による再生信号の劣化がほとんどない旨が記載され、甲第6号証刊行物には両面タイプのディスクの表面及び裏面をソルベントイエロー等の染料を用いて着色してもレーザー光による情報読み取りに支障がない旨が記載されていることを援用して、本出願当時、光ディスクの情報読取側の表面に印刷を施す技術的可能性は容易に予測できたと主張する。

しかしながら、光ディスクの表面にたまたま付着した指紋の痕跡や極めて微細な粒子と目視可能な印刷情報とを同一に論じ得ないことは当然であるし、光ディスクの情報読取側の層を着色することと光ディスクの情報読取側の表面に印刷を施すことが近接した技術手段ということもできないから、甲第5号証刊行物及び甲第6号証刊行物の各記載を論拠として、「光ディスクの情報読取側の表面に印刷を施すと、情報を読み取るためのレーザー光を吸収・反射して読取りに支障を来たす恐れのあることが明らかである」とした審決の説示を誤りとすることはできない。

4  なお、原告は、本願発明は相違点に係る構成によって情報読取りに関係のない空白部を利用して十分大きな表示部を確保でき、鮮明で正確な表示が可能であるという顕著な作用効果を奏すると主張する。

しかしながら、前記のとおり、引用例1及び引用例2記載の各技術的事項を組み合わせれば相違点に係る本願発明の構成に想到することは容易であったといえるから、原告が本願発明が奏する作用効果として主張する上記の点は、当業者ならば当然に予測し得た範囲のものというべきである。

5  以上のとおりであるから、審決の相違点の判断は正当であって、本願発明の進歩性を否定した審決に原告主張のような誤りは存しない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)

別紙図面A

〈省略〉

別紙図面B

〈省略〉

別紙図面C

〈省略〉

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